水原華城と華城行宮

発行日

水原華城
ソウルから電車で約1時間の水原にある華城は、朝鮮の第22代の正祖大王が在位の時、1794年1月に着工して1796年6月に完工した水原華城は正祖の父親である思悼世子(サドセザ)の死を惜しみながら、主都を移ろうとした孝行心が築城の基になり、党争による党派政治を根絶しつつ強力な王道政治の実現のための政治的な抱負が盛り込まれたところである。
首都の南の国防要塞として活用した。 華城の全体長さが5.7km、面積は130haに至る巨大な城郭を積み上げるのに挙重機(コジュンギ)と煉瓦が始めて使われ、10年と予想した工事期間が2年8カ月で完成させた。

華城は築造以降、日帝強制占領期と朝鮮戦争を経て一部が破損・損失したが、1975~1979まで築城直後に発行された「華城城役儀軌」に基づき、ほとんど築城当時の姿に補修・復元して現在に至っている。華城は日本・中国などには見られない平山城の形態であり、軍事的防御機能と商業的機能を兼ね合わせており。施設の機能が最も科学的かつ合理的、また実用的な構造となっている。
華城は1997年12月、ユネスコに登録された韓国の誇らしい文化遺産の一つである。

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長安門
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華紅門(北水門)
梅雨の時期に氾濫する難があったため、城を築き始める前に水路を造ることが考えられた。水原川が城内を貫通するように7つの虹霓門を設置し、その川筋の上にかかる虹が美しいことから「華虹門」と名付けられたという説もある。門の上には樓閣があり、民が休むことが出来るようになっている。また、樓閣の左右には大砲の設置出来る施設があり華城を保護していた。

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東北角樓(訪花隨柳亭)
東北角樓は華城の東北の滝淵という池の上に建てられた東屋であり、「訪花隨柳亭」とも呼ばれている。朝鮮時代の王室の最も美しい東屋の一つに数えられ、元々の設置目的は 八達山華城將臺が敵に奪われた際に、第2の臨時先頭指揮所として使用するためであった。
しかし、滝淵の美しさによって、戦闘の機能よりは宴会の空間として活用されていた。

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東暗門
暗門とは大門と大門の間に位置している小さな間の門である。一般的に暗門は奥深く入った所に造ることによって、敵に知られずに、人、家畜、車、食糧、武器などの軍需物資を城内に供給する重要な役割があった。東暗門は東将台の西方面に位置している。レンガで内側のアーチが造られていて、馬が1頭通ることが出来る広さになっている。

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錬武臺(東将台)
東将台は華城の東北に蒼竜門と向かい合って位置しており、東将台は華城の東方面の軍事指揮所であると同時に軍事訓練上として使用していた。
その横では、伝統国弓の弓射を実施している、実際に昔の文化を体験することが出来る。

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華城行宮
華城行宮は正祖が顯隆園へ参拝するための行幸の際に宿泊した臨時宿泊所であり、普段は府使(後に留守)が執務する府衙としても活用していた。正祖は正祖13年10月に顯隆園を移してから正祖24年1月まで、12年間13回にわたって園幸(王族や王の側室の墓参り)を定期的に行った。
この行宮は朝鮮時代に建国された数多くの行宮の中で、その規模や陵幸(王や王妃の墓参り)面で最高とされるだけに、建築物の規模だけではなく、城郭とともに政治的・軍事的面で大きな意味があり、行宮の中でも代表的である。
日帝強制占領期にほとんどが壊されて以来、1996年復元事業を始めて今も復元作業が続けられている。

新豊樓
華城行宮の正門である新豊樓の元の名は鎭南樓だったが、1795(正祖19)年の正祖が新豊樓に変えろと命じた。新豊という名前は、昔に中国の漢の高祖が‘豊の地は新たなもう一つの故郷’と言ったのが由来で、正祖に華城は故郷のような所という意味をもっている。また、新豊樓は正祖が民の救済行事を開く場所としても利用された。

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左翊門
1790年に完成された左翊門の左翊とは、‘すなわちそばで助ける’という意味で、左翊門は中陽門の前にあって、行宮を守る中三門である。

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中陽門
1790年(正祖14)に完成した中陽門は華城行宮の正殿である奉壽堂をすぐ前で塞いで、守る役割を果たす内三門である。華城行宮の最も重要な門として、厳しく統制された。

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南軍營
新豊樓の左右に位置している南軍營は1789年(正祖13)に最初に造らて、1794年(正祖18)増築された。 騎馬兵であった親軍衛が左、右列に各100人ずつ宿衛していた建物である。

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奉壽堂(壮南軒)
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未老閑亭
‘将老来、年をとったらのんびりと休む東屋’という意味である未老閑亭は、行宮の後苑の西に造られた1間6角の形をしている六面亭である。正祖が退位して、余裕に時間をつぶすための場所として1790年(正祖14)造られた。 水原秋八景の一つである閑亭品菊(菊の花を並べて観賞する未老閑亭の秋の風景)の景観が演出されることもあった。

外整理所
元々整理所は1795年(正祖19)の乙卯園幸(訳注:王族や王の側室の墓の墓参り)での各種行事を準備するために1794年(正祖18)に設置された臨時機関であったが、そのあと、外整理所と変えて、王が出御する際に行事の準備を担當する官庁となった。

壯勇營守衛儀式
宮殿や城郭の門で行った軍隊儀式の一つである。城門を警備する部隊と城及び外郭を警備する部隊の交代が行われ、一定の信号や手順などの厳格な禮法により交代儀式が行われる。 日時:毎年3月~11月の毎週日曜日 14:00~15:00 場所:華城行宮正門(新豊樓前の広場)※雨天時は略式の「守衛式」が行われる

伝統武芸24技公演

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ロケ地情報

「宮廷女官チャングムの誓い」の撮影地
華城行宮では、イ・ヨンエ主演の人気ドラマ「宮中女官チャングムの誓い」が撮影されるなど映画やドラマの撮影地としても脚光を浴びている。実際に撮影された場所には、場面のパネルなどが置いてあり説明されていたり、衣装なども飾られている。

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水原華城(韓国語 수원화성)
住所 (日本語)京畿道 水原市 八達区 南昌洞68-5
 (韓国語)경기도 수원시 팔달구 남창동68-5
電話番号 031-251-4435
運営時間 3月~10月:09:00~18:00 11月~2月:09:00~17:00 年中無休
利用料金 大人:1,000ウォン 青少年:700ウォン 子供:500ウォン
日本語 不可、日本語パンフレットあり
ホームページ http://jhs.suwon.ne.kr/ (日本語)

 

華城行宮(韓国語 화성행궁 )
住所 (日本語)京畿道 水原市 八達区 南昌洞6-2
 (韓国語)경기도 수원시 팔달구 남창동6-2
電話番号 031-228-4677
運営時間 3月~10月:09:00~18:00 11月~2月:09:00~17:00 年中無休
利用料金 大人:1,500ウォン 青少年:1,000ウォン 子供:700ウォン
日本語 不可、日本語パンフレットあり
ホームページ http://jhs.suwon.ne.kr/ (日本語)